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167話 (25/12/20)
えっちゃんは赤川邸の女中部屋を借り、週末は家事や料理を手伝うが、やることなすことが早い。 空襲で、実家も家族も失い、親戚の家のたらい回しで子守に慣れ、保育園で働くことになると賃金不払い。 保母達と役所に足を運ぶうち、「東京保母の会」に入ったが、この街に来て二ケ月で、吾郎の製材所の見習い大工の吉村と付き合い、来年には籍をいれる。 この一年で見違えるほど、手際良く倹約家になった秀子は、残りの時間にえっちゃんから習えるものは習いたい、と手製の「お料理ノート」を読み返す。 弥生や立子からもレシピを習う秀子は、教えること以上に、教わることが抜群に上手い。 簡単なものから教わり、大真面目にノートを取り、何度も質問をし、習ったことをすぐに練習し、自分の手を動かして苦手分野を把握する。 立子はそんな秀子に憧れ、公開講座で方法を真似た。 ――家事って男性への隷属の気がして、気が引けていたけど、人間として当たり前にやれなきゃいけない。私がしなかったら、私より貧しい人が代わりに引き受けるって平等ではない。自分のために料理をして、家を整える。お父様はあくまでも、ついで。秀子、すごいじゃないですか! 世間知らずで泣き虫で弱い秀子ですが、けっこう謙虚。 あくまでも簡単なものから教わり、大真面目にノートを取り、何度も質問をし、習ったことをすぐに練習し、自分の手を動かして苦手分野を把握する これってひょっとして、何事かを上達させる極意じゃないか、と思えてきますねえ。 いきなり難しいものにとりかかりがちで、記憶にたどり、無知をさらすので質問は避け、結局やらないままやったような気になって、自分というものを把握できずに終わる…秀子の逆を書いてみましたが、はい、こっちの方が私。 そして、そんな秀子を初めから目標=憧れにしていた立子も、なかなか強いですよ。 そうそう。えっちゃん。空襲で家も三人の家族も失くす…って、故林家三平の妻の海老名香葉子さんを思い出しますが、ものすごい体験ですよね。 幸あれ。 163話 (25/12/16) それでも迷っていたら、弥生にも背中を押された。 立子は吾郎に夕食をご馳走する。 味噌汁、イワシのソテー、タルタルソース添え、きんぴら、えのきのうま煮。 光太は偏食が出てきて立子を困らせたが吾郎はよく食べて、立子の料理の才能をほめる。 立子にとって、吾郎は弟のようなもの、吾郎にとっても、立子は母か姉のような存在に変わっている。 皿洗いを終えると、立子は早くくつろぎたくて、吾郎にどうやって早く帰ってもらおうか、と頭を巡らせる。 光太を寝かせたら、明日の登園と朝食の支度、授業の復習をしたい。 頭の中で複数の予定が飛び跳ねる。それを鎮めるためにも一分でも静けさが欲しい。 そうなのか? 吾郎と立子は何でもないのか? あらまあ。 少なくとも立子は吾郎を男としては見れないことは、読んでいてわかりました。 吾郎の方は、まあちょっとわかりませんけれどね。 立子、今一番やりたいことは、一心不乱に服飾の勉強なんですね。うん、大したものです。 164話 (25/12/17) 食べ終わってすぐプロレスごっこに興じる光太と吾郎。 これでは大きな男の子を二人抱えているようなもの、立子はついさっきまで小池の授業がくれていた、世界規模の服飾業界の話と比べてしまう。 最近、立子は自分についてわかってきた。 お金や時間がかかったものや場所が好き。もっと学んで、いい暮らしを手に入れたい。 光太には、自分よりいい人生を送らせたいし、そのためには良い教育。 野心的で上昇志向が強い。それが自分。 吾郎が今日してくれた、この手助けについて、今後をやんわり断ってみたが、吾郎は言う。 「気を遣わないでくれ。俺、光ちゃんが好きだし、あおぞら保育園っていう場所も好きなんだよ」 自分は十四の時から大工の棟梁を継いできたが、本当にやりたいことは違うのではないかと思う、と吾郎は話を聞いてほしがった。 しかし立子には、今異性と向き合う余裕などなく、吾郎の話をやめさせる。 そうでしたか。 立子、野心的で上昇志向が強い。 端々にそんな感じは漂ってはいましたが、もっとはっきりと自分で自覚をしていて宣言されてしまいました。 ここまでとは、知りませんでした。 吾郎もそうだけれど、今、全く男性には興味なく、それよりは小池先生の講座から広がる、華のような服飾の世界に心はもっていかれている。 何事か大きくやり遂げるか、大きく挫折していくか、そんなタイプの立子のようです。 一方吾郎は、本当にやりたいことを見つけつつあるようです。それは、保育園に関わることなのか? 165話 (25/12/18) 吾郎が帰ると光太がしがみついて「テレビ、テレビ」という。 生返事で明日の朝食の準備にかかるが、立子の生活はずっと家事におわれることになる。 洗濯機や冷蔵庫が買えたら少しは楽になるかもしれない。 工場の食堂の便利さを恋しく思いながら光太に保育園でのことを聞く。 「力道山、強かった。光ちゃん、テレビ、欲しい」 テレビの出現で子ども達は変わった。 自然の遊びには興味を示さなくなり、自発性や気力も奪われていると感じる。 布団に入っても光太はごねているので、代わりに絵本を見せようとすると手で払いのけて「テレビがいい」と、無言で泣き始めた。 立子は内心うんざりしながら、今日の授業の復習を明日朝に回すことにした。 理想の幼児保育Vsテレビ 現代で言えば、理想の英才教育VsアニメやYouTubeといったところでしょうか。ことによると、「昔は良かった」の永遠の課題かもしれませんが、立子の不安はよくわかります。 そして、子育てはやっぱり大変な仕事です。何かをきわめようとしている立子にとって、どこを犠牲にするのか、の話になってくるのかもしれません。 166話 (25/12/19)
いい加減にしなさい、と立子は布団をかぶってしまうが、立子も光太もその夜は寝苦しかった。 仕事をしながら冷静になって考えると、まだオムツも取れていない子に対して自分が怒りすぎてしまったことがわかる。 その日の夕方、立子はいつもより早く保育園のお迎えにいった。 出迎えたのは、保母資格を取得したばかりのえっちゃん=中内悦子先生。 秀子が「東京保母の会」で声をかけ、三人目の保母として働き始めたのだ。 おかげで保育園は変わった。 サワの受け持ち園児は減り、秀子は経理の時間ができた。 そして悦ちゃんは言う。 ――サワちゃんは秀子先生のことブルジョアだなんだって腐してるけれど、前に私が働いていた園長に比べたら、本当にできた人。私達と一緒に泥被って戦ってくれる。細かいことを言い出したら、キリがない。 秀子の良さを認めてくれる人が現れて、立子は得意満面だ。 えっちゃんはそんな風につながってきましたか。思いがけない人材が現れました。 それで保育園の雰囲気が変わる。…人手が増える、というのは大切なんですねえ!
by hitujitonekoto
| 2025-12-20 09:48
| 新聞小説を読む「あおぞら」
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Comments(48)
立子も吾郎も全く恋愛感情無しなんて、なんだかなぁ。
どちらかというと逆で、一緒にいたら、情が湧いてくるものだと思うけれどね。 というか、吾郎はこれから結婚を考えるべき状況なのに、こんな子連れの女性と変な噂立てられたら良くないですよ。 それと、やはりあの人の家。 うちみたいなただの農家の家でさえ、「家を継ぐ」ということには必死で、従姉妹達は自分が犠牲になって、婿養子を迎えて家を継いでました。 従姉のおねーちゃんは、彼氏がいたのに別れて、見合い結婚で婿養子貰ってました。 私が家を継がなかったので、父方の従妹は彼氏を説得して、一度は断られても粘り強く交渉し、婿養子になって貰っていました。 そこまでして、家を継いでました。 なので、あの人の親戚がそう簡単に光太のことをあきらめるとは思えないです。 名家であればあるほど、なりふり構わず家を守るもの。 もしかしたら、あの人の親戚は立子と交渉し、慰謝料やこれまでの養育費として、立子の独立資金を出して、立子は仕立屋を開店し、光太を手放すみたいなことも考えられます。 立子のこれからの夢が出てきたときに、「独立資金は?」と疑問に思っていたので、そこがつながった感じです。 昨日、光太をあの人の親戚に託すことは考えなくなったと書いてありましたが、それと逆の結果になるのかも。
散切り頭を叩いてみても 文面解読の音もせず
なんてシャレにもなってねぇ。 旅続きで伸び放題だった頭をクルーカットにしたら師走の寒風が沁みること。 私の「ただいま!」よりラビットバイク様へ「おかえり!」 復帰した途端ブンブン飛ばしちゃってるコメントにブラボー!! 鮎子様、めぐみっち、流様、羊サロンの慧眼女子コメント拝見して、これは追いつくのが大変だぞ!と焦ってる私。 ?????今の所本編は全く「読めて」いません。 で、マダム緑がコメントに挙げられた文化服装学院のレジェンド達にインスパイアされて、本日はKENZOの花柄シャツにBIGIのスーツ、忘年ランチ会へ行って参ります。 姉さん、風邪は良くなった? 私も旅先で鼻風邪状態になって、友人のくれた葛根湯で救われました。 普段は漢方薬なんて飲まないんだけど、自然の持つ身体を養う力を感じましたね。 さてと、小説読み込まないと年越せねえな。 また、来ます。(^^)
子守を頼むだけでなく、自宅に上げ、夕食を振る舞う。
これって、他から見たら完全に出来ていますよね。 (私は、超堅物だったので、自室で夕食を振る舞っても結納までは出来てませんでしたけど) そして、鰯の三枚おろしをプロに頼むのって変だなぁと思っていました。 鰯は簡単に三枚おろしが出来る魚です。 包丁も俎板も要らず、手だけで出来ます。 手早く夕食を準備して、早々に吾郎に帰って欲しかったから魚を捌く手間を惜しんだのでしょうね。 生ごみも出ません。 読めば読むほど訳が分からなくなる・・・それぞれの行く末が気になるから読みますよ。 葛根湯は、風邪の引き初めには良く効きます。 家庭の常備薬としては優秀です。 補中益気湯も持っておくと良いです。 胃もたれには安中散。 市販薬より、処方薬の方が成分が多いですが、そこは無いよりはマシ。
ラビットバイク様のキリッとしたコメントに、嬉しや青さまの「ただいま!」コメント(KENZOの花柄シャツにBIGIのスーツつき)。
おかえりなさい。 そして、これからも福沢諭吉ばり?のコメントと服飾、お料理についてのお話を楽しみにしています。 ここ2回、サワ、秀子、弥生を動員して、「立子と吾郎の付き合いは子供を見てもらっているだけで、男女の間柄ではないし、かつ適切なもの」という、どう見ても不自然なものを無理やり当然のものにしている感があります。 これほど力が入っていることは、この後の展開でそれが効いてくる、ということですよね(そうでないと、ものすごい空振り)。 となると、やはり光太の父親の関係者がやって来るのでしょうか。 立子と光太だけでなく、この家に今成人で体力のありそうな男性がいたからこそ、難が防げるような状況になる? 私はもう一つ”家”について実感がありません。 父方の祖父は新潟で400年以上続いた庄屋の長男に生まれましたが、医者になりたくて上京し、神奈川の藤沢で開業(東京で開業しようとしていた矢先に関東大震災があり変更したとのこと)。 祖父には息子が3人いたのですが、「あまりに両親が多忙(祖母も祖父を手伝っていた)なので、誰も跡を継ぐ気がなく、両親も納得していた」と父がエンディングノートらしきものに書き残していました(ほんとに祖父母が納得していたかは謎ですが)。 他の御先祖も大体上に兄がいて上京して来た組。 昔の同級生も似たり寄ったりという感じで、東京近辺はこういう家族が多いのかもしれません。 というわけで、私は二人姉妹の長女ですが、生き方についてはほとんど周囲から何も強制されずに来てしまいました。 『夫を亡くして』の時から、ラビットバイク様のコメントを読んでは「ああ、そういうものなのか」と学ばせていただいております。
めぐみさん
そうでしたか。大人になっても治らない人、というのもいるんですね。 切実で大きな悩みだろうことがわかります。 めぐみさんの事情も、心理学的に何かありそうなタイミングを感じますが、だからといって原因をさぐっても解決にはなりませんものね。 大変だったことでしょう。 よく頑張ってきたね~~、めぐみちゃ~~ん!! 良かった良かった、治って良かった…( ラビットバイクさん >あの人の親戚がそう簡単に光太のことをあきらめるとは思えないです。 >名家であればあるほど、なりふり構わず家を守るもの。 ふむむむむ…そう言われるとそんな気がしてくる…あるんですかねえ、そんなことが… >光太をあの人の親戚に託すことは考えなくなったと書いてありましたが ああ、微妙にこの部分は捉え方が違いますね。 [光太が向こうの家に引き取られたら、と考える日が、公開講座に通うようになってから減っている]とあったので、引き取られることになったら、と心配したり恐怖したりすることが今はなくなってきている、という風にとりました。 なので、光太をあっちに預けるなんて立子がするわけがないと思っているので、もしもそんな展開になったら、立子に詰めよってしまいそうです。「ねえねえ、そんなつもりで光太を産んだの? あなたの人生はそれでいいの?」
ブルーハートさん
お帰りなさ~~い!!! まあ、頭もかっこよくなっちゃって、服も決まっちゃって、忘年ランチ会なんて、いいねえ! あ、風邪はもうあと一歩のところですかね。今年の風邪はタチ悪い、と周囲で風邪ひいた人はみんな言ってますが、まあみんないいお年頃になってるからねえ~、「今年の風邪」のせいなのか自分のせいなのか、よくわからない。 「葛根湯」。いいかもしれない。羊にもくれる友人がいたら、もうちょっと早く治ったかも。医者の出してくれた対症療法の薬が効いてんだか効いてないんだか? だったのでねえ。 >小説読み込まないと年越せねえな。 だいぶ遅れをとってますよね。ご無理せずに、気楽に遊びに来てくれれば、羊は良いよ~。 また、すぐ来てね~(^^♪ めぐみさん >他から見たら完全に出来ていますよね。 そうなんですよねえ。これは誤解ウンヌンというより、そういうシチュエーションなんだって! ねえ~。 >自室で夕食を振る舞っても結納までは出来てません ふふふ。待たせたねえ、旦那さんを…大恋愛結婚なのにね。いい子いい子、めぐみさん。 >葛根湯は、風邪の引き初めには良く効きます。 >家庭の常備薬としては優秀です。 >補中益気湯も持っておくと良いです。 >胃もたれには安中散。 わ~い( ..)φメモメモ 鮎子(AT)さん >これほど力が入っていることは、この後の展開でそれが効いてくる、ということですよね(そうでないと、ものすごい空振り)。 そうか、そうか、なるほどねえ。 確かにそうだあ。わざわざこんな場面を書いていて、通りすぎていったら、は? ということになりますもんねえ。 >ラビットバイク様のコメントを読んでは「ああ、そういうものなのか」と学ばせていただいております。 同じくです。
家の問題に関しては、地域性などありそうですね。
関西は、奈良や京都など都のあった場所で「伝統を守る」ということに関しては、厳格な土地柄です。 「しきたり」に関しても、かなりうるさい地域だと思います。 学生時代の友人に「旧家のお嬢様」が何人かいて、なぜか美人で聡明でモテるのですが、結婚はお見合いでしたね。 「恋愛と結婚は別」というのが彼女たちの考え方でした。 恋愛は恋愛で楽しみ、結婚時期が来たら終わらせる。 子どもの頃から洗脳されていればそういう考え方になるようです。
吾郎さんは、立子のことがまんざらでもない様子。立子は、洋裁の仕事に夢中な感じ。
弥生さんたちは、吾郎と立子がくっついたらいいとか思っているのでは? 子供の頃、近所に洋裁の上手な人がいて、そこで服を縫ってもらっていました。 その方は旦那さんが仕事でいない昼間、頼まれた洋裁仕事をしていました。看板を出しているわけでなく、口コミだけ。 中学生になると、オシャレに目覚めてきて、生地を選んで、それを持ち込んで、ワンピースやツーピースに仕立ててもらっていました。 弥生さんたちは、吾郎と立子をくっつけたいのかもね。 吾郎ちゃんと結婚して、洋裁を頼まれたら家で内職みたいにすればいいじゃない、とか言いそう。 立子は、文化服装学院の先生の公開講座で勉強をしている。日本の服飾の世界では、当時の最先端でしょう。 華やかだし、とても刺激的だったと思います。 大きな繊維会社の後継の姉弟に見込まれて、勉強させてもらっているわけでしょ。 この先、もしかして立子が考えた服がヒットしたら? 立子、アパレルの世界で活躍することになるかもよ。
胡座にビリケン小僧を抱えて、
「本当にやりたい事」は大工の棟梁では無かったとその青年は語る。 「本当にやりたい事」に向かって歩き始めた野心家の女性なら、自分の「夢」を共有して貰えるのではないかと思うのでしょう。 思うに、この物語はそれぞれの登場人物が、「本当の自分」を探す、見つける、そして出逢う、そんな物語でもあるのかも知れません。 なんて、全然「読めてない」読者は思ったりします。 サンローランが小池千枝の同級生だった事は、マダム緑のコメントにもありました。 隣のクラスにはカール・ラガーフェルドもいたらしいです。 革新とエレガンスを見事に共存させた2人のデザイナーも今は天国にいますね。 小池千枝の教え子の中で私の一番好きな高田賢三さんも亡くなってしまって、いずれもメゾンやブランドは存続していますが、何か寂しいです。 賢三さんが渡仏する時、小池千枝は飛行機では無く船旅を薦めたらしい。 寄港するその土地土地で、民族衣装に出逢えるからというのがその理由だったとか。 確かに、KENZOの初期のコレクションは、アジアや中東の伝統的コスチュームの匂いがします。 資生堂のTV CMでも話題になりましたよね! 上昇志向の強い主人公の作る服はどんなデザインなのかな? お金に無頓着で、明けても暮れてもデザイン画を描きまくるような人が素晴らしいデザイナーとなる事も無きにしも非ず。 富は後からついてくるものなのでは無いかな? さて、着地点が見えなかなってしまったようなこの物語。 いや、そんなふうに感じているのは与太郎だけかも知れませんが、どうな風に終わるのかちょっと興味は有ります。 旅から帰ると朝飯は和食になります。 今朝は土鍋炊きの十五穀粥に、ちぢみほうれん草の胡麻和え。サッと炙って薄皮を外したたらこをクリームチーズに乗せたらオリーブオイルをたっぷりかけます。 あれ?無国籍になってんじゃん! また、良いか美味ければそれで良し。(^^) 鮎子様 青のしょーもないコメントに、教養溢れる反応をしてくださって有難うございます。 で、諭吉も出てくる「侠医冬馬」旅行前に全編通しで読み直しましたが、読めば読むほど深い。 最後がちょっと急ぎ足で残念でしたが、村上もとかという漫画家の素晴らしさを再認識させてもらいました。
立子、良い人みたいな描き方だったけれど、だんだん「本性」が出てきましたね。
上昇志向があるのは良いことだと思うけれど、そのために男性の好意を利用するってのはどうもなあ。 だいたい、好意を持ってるらしい若い男性を家に入れて、何もさせないというのは男性に対して残酷なことだと、昔男性経験豊富な友人が言ってました。 その気がないなら家に入れるのはダメです。 この立子の本性が見えてきたので、やっぱりあの人の親戚に独立資金出させて、光太を渡すというのはアリな気がします。 それも一つの生き方で、責められないと思います。 そもそも、立子は光太を中絶しようと思っていたぐらいですしね。
今日の立子の自己分析は、あまり賛成できません。
いいものが好きなのはいいけれど、結局それでかつて男に騙されたんですよね。 そして、今は都合よく別の男を利用するだけ利用して、それ以上の関係に進むのは自分の時間を取られるし面倒なことになるからと、遠ざけようとしているようにしか見えません。 昭和30年前後の当時の服作りについて。 1.簡単なものは家庭で作っていた? 子供のころは母のお手製を着せられていましたが、生地は母や祖母の古着だったり、余り切れだったりすることが多く、私としては不満たらたら。 母も普段着は自分で足踏みミシンを踏んで作ったり、編み機を買ってセーターを作ったりしていました。 2.プレタポルテがこれからという時代、既製服のレベルはそれほど高くなかった? 3.いいものを着たい場合は、知り合いで上手な人に頼むとか、洋裁店で仕立てるとか? そんな感じで合っていますか。 青さま 改めて『侠医冬馬』を紹介してくださってありがとうございます。 一番心を打たれたのは、コロリに立ち向かう医師たちの姿勢。 現在のような情報もなく、自分たちの経験と勘を頼りに命がけで治療しようとするのが、コロナが広まっていた当時の状況と重なって見えました。 村上もとか自身は意図したことでないとおっしゃっているようですが。 『仁』も江戸時代の遊女たちが梅毒で苦しめられていたのを助けたいと思って書き始めたということで、もともと”仁”の心をお持ちなのかもしれません。
ラビットバイクさん
関西の地域性、そうなんですねえ~。ほんと、鮎子さんがおっしゃるように勉強になる~。 旧家のお嬢さまの考え方も、ふーむ、そうなんですねえ。 割り切りもできる。きっと優柔不断ではない。長所でもあるんでしょうね。 まつの緑さん そうですよね、弥生さんたちがこぞって吾郎を否定しないでむしろ薦めている背景には、二人をくっつけたい気持ちがきっとありますよね。 >中学生になると、オシャレに目覚めてきて、生地を選んで、それを持ち込んで、ワンピースやツーピースに仕立ててもらっていました。 うわ~~!! おしゃれ~~! ほんとに素敵。うらやましいです。 >立子、アパレルの世界で活躍することになるかもよ。 これは昨日の回のコメントですが、それを裏付けちゃうような今日の回の立子ですよね! 何かやってくれそうです。
ブルーハートさん
>「本当にやりたい事」に向かって歩き始めた野心家の女性なら、自分の「夢」を共有して貰えるのではないかと思うのでしょう。 あ~~~! そうかあ! 何で吾郎がこんなに熱心に立子に食い下がって話をしているのか、羊にはわかりませんでしたが、納得ですわ。 >思うに、この物語はそれぞれの登場人物が、「本当の自分」を探す、見つける、そして出逢う、そんな物語でもあるのかも知れません。 確かに、確かに。どの登場人物もまだ若い。そして激動の時代の中で、必死に自分と向き合っている。そうですね。 え? 青さん、しっかり追いついてる! さすがだな~!! 小池千枝さん周辺のお話、絶対青さんなら詳しく知っているぞ、と期待していましたが、やっぱり~! カール・ラガーフェルド? 有名なのか、誰? 目を白黒させながら読んでいます。 >旅から帰ると朝飯は和食になります そうかあ。旅はいつも海の向こうなんですね?! >サッと炙って薄皮を外したたらこ ああ、もうこれにそそられます。いいなあ、たらこ。ナマか焼きか、迷うけれど、サッと炙る、という手がありましたか。 鮎子(AT)さん >今日の立子の自己分析は、あまり賛成できません。 なるほどねえ。でも立子は、「これが自分なんだ」と、押し切って上昇志向でいきそうですね。 それでどうなるか、大きなことを成すのか、挫折していくのか、それは立子の人生なので、どっちになっても悔いはないと思いますが、光太のことに関しては、ちょっと気になります。 棟梁とプレレスごっとしている光太は光太らしいけれど、立子はそんな野蛮な遊びばかりすることは眉をひそめるタチなんでしょうね。 自分は「これが自分なんだ」と認めて生きられても、光太らしさを認められなくなると、光太には反発されるでしょうね。
気道楽の私は、着物に嵌る前は洋服(既製服)を買いに行くのが楽しみでした。
好きなのは、クロエ、コルディア、クリスティン・リード、カール・ラガーフェルド、トラサルディ、ポール・スチュアートあたりでした。 地元デパートから次々に撤退していって、買えるところがなくなりました。 今は、カジュアルなマーガレット・ハウエルをたまに買うくらいです。 昔は心地良かった接客が煩わしくなって、通販が多くなり裾上げ作業ばかりしています。 しかもミシンが無いので手縫い(まつり縫い)です。 立子さん、光太の成長と共に逞しくもなり生来の自己中と横着さが出て来ました。 おとなしそうな人ほど野心家だったりするんですよね。 吾郎さんは「恋する瞳」では無くなったと思わせていますが、光太と保育園に執着するのは何故でしょう? 男の子は体を使った遊びが好きなので、吾郎が大好きだと思います。 おとなしく絵本なんか読んではいません。
あれれ?
この感じだと、先日書いた「テレビにつられて、光太があの人の家に行ってしまう」というのが現実的なことに思えてきました。 そして、テレビの魅力に取り憑かれ「光ちゃん、ここのおうち(あの人の家)にずっといる」なんてことも言い出しかねません。 光太に良い教育を受けさせたいという立子の思いも、あの人の家に行けば叶えられるし、あの人の家に独立資金を出して貰えば、この街で仕立屋を開業もできる。 なんなら、小池先生の様にパリで修行する資金さえ出して貰えるかも。 立子の危うい上昇志向が光太との別れにつながってしまうかも。 立子と秀子の「苦しみ」というのが何なのかも今のところ不明ですね。
経済的な問題で保育園存続が危なくなり、赤川家も苦しくなっていたのが、あっという間に解決と書かれたのに、なぜ立子の野心と光太の「テレビ見たい、欲しい」がこんなに長々続くのでしょう。
立子は洋裁の腕をもとに自分の道を切り開いていく可能性に夢中で、光太には安定した生活を与えればよいと思っているだけ。 実際には、光太はプロレスで遊んでくれる男性やテレビなどの刺激も欲しがっていて、それが立子や秀子の気が付いていない「苦しみ」の一つ? まさかね。
♪テーレビばっかりみていると 今に尻尾が生えて来る
そーれは大変、大変だー 尻尾が生えたらどーしましょ!! て、ビリケン小僧(とそのご友人達)に捧ぐ警告ソング! いやいや、今でもはっきりと歌えるCMソングは、検索してみたらなんと家電メーカーのリモコン付きカラーTVのものだったのです。 自虐?逆説?いずれにせよヒットだよなぁ。 で、尻尾が生えるどころか未だTVが手に入らないビリケン小僧。 君のお母さんはね、大いなる野望(?)を抱いて、ファッションの世界に身を投じようとしている勇者だからね。 TVはちょっと待ってね、そのうち最新型のカラーTVとか買って貰えるからね、ぶっとい尻尾生やせるぜ!! 原水爆からファッションまで、その時代を映すアイテムを盛り込むだけ盛り込んで小説は進む。 面白いか?というとあんまりオモロくありません、困った。 あ、姉さん、たらこはね半分斜めに包丁入れて、断面は良く焼き、中は生ってのが美味いですよ。 その際、盛大にプチプチ飛びまくるので、ホットサンドメーカーに挟んで焼くとキッチンが汚れません。 って、何を説明してんだか。 さてとコーヒー淹れよ。 今朝は友人から届いたシュトーレンを切ります。 真ん中にマジパンが隠れているので、先ずは真ん中からばっさり! あ、ばっさり切る(斬る)で思い出した。 Netflix仲間のめぐみっち、『イクサガミ』はもうご覧になりましたか? 最後の侍達のバトルロワイヤルが凄まじくて、女性にはあまりお薦め出来ませんが、根底に流れるテーマは物凄く深いものがあります。 ネタバレしちゃうのでお喋り禁止ですが、江戸が東京に変わった時代の士族、財閥、警察…それぞれの闘いを描いて見事!さすが我らのショーゴ先生!! 原作はこれから読みます。 めぐみっち推しの哲ちゃん氏、良い仕事してますよ!(^^)
青さん
やっぱり、Netflix仲間に戻るべきかな? Netflixは、半年以上、抜けたまんまです。 哲ちゃんは確か、前島密の役でしたよね。 評判を聞いてからと思っていました。 演技は上手いので仕事キッチリですが、なにしろ、脇役専門なので出てくるシーンが短時間ですからね。 彼が主役を張れるのは、本多劇場の規模での舞台。 キチント感が必要なスーツだけは、ありきたりなカルダンでした。 ステンカラーのスーツの品揃えが良かったからです。 テーラードカラーがとことん似合わないので不自由です。 喪服では通年用のアンサンブルが嫌いで、冬はウールのスーツ、夏はジョーゼットのワンピースでした。 羊さん テレビ導入期の話ですが、光太と私は同年代(同じ年齢かも)です。 うちにテレビは入ったのは、昭和33年以降でしたよ。 近所では非常に早い方でした、何故なら父がプロレスや野球、相撲を見たがる人だったからです。 大河ドラマ「べらぼう」が終わったので、軽く蔦重ロスになって(?)個人的に横浜流星フェアをやっています。 「春に散る」は全く小説とは別物ですね。 藤原と星が合体しているし、肥満体の佐瀬はガリガリの鶴太郎氏。 チャンプの家は想像とは違って普通感漂う住宅だし、猫もいたかなぁ? 横浜くん、この映画の後でボクシングのライセンスを取ったらしいですが 彼が翔悟役に決まったのは「君の瞳が問いかけている」でキックボクサーの役をしていたからでしょう。 この映画は韓国映画のリメイクです。 昨日見た「あきらとアキラ」もwowowドラマが先でしたわ。
めぐみさん
うわあ、ほんとにお洒落なんですねえ。羊にはクロエとポール・スチュアートくらいしかわかりません^m^ 通販も面倒な羊はこの頃貸衣装をサブスクで借りています。って膨大な服のリストから選ぶのもすっごく面倒(肩コル)なんですが… >吾郎さんは「恋する瞳」では無くなったと思わせていますが、光太と保育園に執着するのは何故でしょう? 吾郎の本心は実はわからないようにできていますよね。ここは三人称っぽく書かれていますが、すべて立子の視点から書いているので、立子の思い込みを入れて書く、という技が使えますものね。 ラビットバイクさん >立子の危うい上昇志向が光太との別れにつながってしまうかも。 ほんとですねえ。先が読めなくなってきました。 危うい取引を立子が選ぶ、そんな誘惑が取りついたりするのでしょうかねえ… ただ、そうなるととても長い小説になりそうなので、そうなりそうなところを誰かの力で引き止められる…ぐらいなら描けそうな気もします。 鮎子(AT)さん >立子や秀子の気が付いていない「苦しみ」の一つ? そうなんでよね。この小説、この「苦しみ」がもう過ぎ去ってしまったことなのか、これから起こることなのか、わからないんですよね。 読み返せばいいのでしょうが、してないので、何だか来る球をいつも無意識に受けているだけで、宙ぶらりんな謎のままです。 立子や秀子の「苦しみ」に吾郎が関係することはないのでしょうかねえ? 吾郎はこれから何をするのでしょう。
ブルーハートさん
>♪テーレビばっかりみていると ええ!? カラーテレビのCM?? それは驚きました! そういえば、エリマキトカゲを知ったのもみんなCMからだったと思いますが、あれは何のCMだったでしょうか? 先日クイズ番組で出てきたのですが、映像はくっきりと覚えているのに、肝心の商品を覚えていませんでした。 >ホットサンドメーカーに挟んで焼く なるほどねえ。羊はアルミホイルに包んで焼く、というのが思い浮かんだのですが、それだとどうでしょう? 包丁入れておくんですね、あい! 早速来週の生協で注文してみようとしたんですが、辛子明太子はあっても、生たらこはなかったので、買いに行かないとダメみたいです(買いに行きなさい…) >友人から届いたシュトーレンを切ります。 友人からシュトーレンが届くの、いいですねえ。マジパン入りっていうのがまたいい。羊はさっき友人からヒモ付きの干し柿(ナマ)が届き、さっそくつるしました。 あ。えりまきとかげのCMのことですが、あれはみなさんへの質問ではなく、クイズのつもりでした。ということで、答えは三菱自動車ミラージュだそうです。覚えていた方いましたか~! めぐみさん >冬はウールのスーツ、夏はジョーゼットのワンピース ああ、さすがあ! これ、もうちょっと早く知っていたらこんな風にしつらえたかったですう。 知る限り、アンサンブルしか売ってなくて、そんなものだと思っていたのですが、羊もあれは不満でした。今となってはもういっか、という気分になってしまいましたが^m^ >うちにテレビは入ったのは、昭和33年以降でしたよ。 そうでしょうけれど、お父さまが…を見たがるって、いやいやそれ以前に、お金がないと無理ですから~。たぶん、普通の家庭がテレビを導入したのはミッチーブーム以降なので、昭和35年くらいから、じゃないでしょうかねえ? 羊の家はお店(飲食店)をしていたので、店に来る人用にテレビがあったかなあ? という程度の記憶です。 >個人的に横浜流星フェアをやっています めぐみさん、こういうところ、とってもいいです! 羊も推しがほしい!
喪服に関しては、本当に「も、いっか!」ですよね。
親族の年長者が、ほぼ逝ってしまいましたし、近頃は家族葬が主流になりつつあります。 仮に会場葬が有ったとしても、誰がどんな喪服を着てようが構ったことではありません。 そう言えば 喪服に真珠のネックレスもありきたりなので、ビクトリアンジェットの薔薇彫りです。 夫の実家は教育熱心故に、子どもたちが家を出るまで(具体的には義姉が高校を卒業するまで)テレビ無しだったそうです。 で、夫は子ども向け番組をご近所で見させて貰っていたようです。 うちの家計は父が管理していたので、父が欲しい物は買えちゃうんですよ。 私は、西洋人形が欲しかったのですが、買って貰えそうに無いので 売り場のいちばん底に隠したりしていました。 子どもってバカですよねぇ~。 たらこや明太子は、断然、生が好きです。 火が通ってボソボソ,粒々になったものは苦手です。 それとパスタで明太子クリームは絶対に注文しません。 ところで、立子さんの母性愛は如何ほどでしょうかねぇ? 自分の夢と両立が叶うものか、やってみなはれ!と言うしか無いですね。
めぐみ様の「昭和33年にテレビを買ったが、これは近所では非常に早い方」とのコメントを読んで、その通りだと気がつきました。
テレビがまだ家庭に普及していないから街頭テレビがあったり、電器屋の店頭でみんなが見物していたりしていたはず。 国産のテレビの販売開始は昭和32年、ミッチーブームは昭和34年、テレビが冷蔵庫と洗濯機とともに三種の神器と言われたのが昭和35年。 昭和32年の時点で家庭への普及率は7.8%(それ以前はそもそも統計がありません)。 最初はとても高価で、売れるようになってから次第に値段が下がってきたとのこと(昭和32年は初任給の約50倍だったとか)。 めぐみ様のおうちでも、一家の主であるお父様が欲しかったから買ったというのはもっともです。 光太がテレビ好きになったとしても、光太にとっては”テレビは外でみるもの”であり、「テレビがほしい」とは言わないような気がします。 言うようになるのは、友達(例えばまり子ちゃん)の家がテレビを買い、それを光太が知った時でしょう。 昭和30年ごろではちょっとありえない話ですね。
鮎子さん
ね、おかしいでしょ? 2~3才の光太がテレビをねだるのが昭和20年代末期なんて変なんですよ。 昭和27年頃に生まれた人はまだまだ生きています。 時代考証を疎かにする作家は信用できなくなります。 私が平戸に住んでいた頃はテレビのテの字も無く 昭和30年に入ってから、島原に転勤して暫く銀行の2階に住んでいたんですが、テレビの存在すら知りませんでした。 その後、銀行の隣の旅館を銀行拡張のために買い上げ、着工するまで留守居として住んでいた頃に漸くテレビが家に来ました。
めぐみ様、確かに変ですよね。
この立子が公開講座に出た日は昭和30年9月30日とはっきり書かれています。 前回のコメントで32年に国産テレビ販売開始と書いてしまいましたが、これは間違いで、30年に白黒テレビ、32年にカラーテレビが初めて売り出されたとのこと。 つまり30年なら、国産の白黒テレビが売り出されたばかりで、高嶺の花ならぬ高値の花。 とても普通の人の手に入るようなものではなく、子供が欲しいという対象でもないでしょう。 また、30年にはテレビが映る地域は全国の36%だったのが、その後急速に 広がり35年に75%が視聴可能。 めぐみ様のお父様がテレビを購入された33年あたりから飛躍的に普及したとのことで、まさにそのはしりだったと思われます。 30年に子供がテレビ漬けになる心配はまだ早すぎる気がします。 子供のころの一年一年は長く、記憶を呼び起こしてみると自分の年齢、周囲の状況などが現在よりよほどはっきりしているような気がします。 「テレビが来た」などというのは、家庭にとっても本当にエポックメイキングな出来事だったのでしょうね。
鮎子さん
東京近辺のことは分かりませんが 田舎は、NHKの総合と教育テレビ、それと民放(TBS系列)を見ることが出来ました。 チャンネル権は当然、父が持っていて 私はチロリン村とか月光仮面、ディズニーの番組を見ていました。 朝ドラは「娘と私」から見ています(学校がありますから休みの日だけ) 大河ドラマ「花の生涯」から、ずっと見ました。 大学時代はテレビ無しの暗黒時代で、ラジオがあれば良い方でした。 その頃のトラウマ(?)で、ラジオが嫌いです。 当時を思い出して侘しくなります。 確かに、子どもの頃は全てが未知の世界で、1年が途方も無く長く感じられましたよね。 今は、1週間が飛ぶように過ぎていきます。泣 鮎子さん、私のことはめぐみさんと呼んでくださいませ♪ 年長者ではありますが、様付けされると、こそばゆくて困ります。
やはり、まり子ちゃんちにはテレビが早々に購入されていたのですね。
光太のテレビに対する執拗さが腑に落ちました。 オムツの取れない幼児に家計の格差なんて、分かりませんよね。 サワさんって、よほど秀子が疎ましいんですね。 その点、えっちゃんは先入観無しに秀子に接していて好ましいです。 私は(父親の学識云々は別として)境遇や性格の似ている秀子に最も関心がありますし好意的に見ています。
「まりこちゃんのうちにはテレビがある」ことにされました!
光太がテレビを欲しがる原因としては自然ですが、昭和30年ということで考えるとちょっと無理がありそう。 夫婦そろって銀行員というので、立子には今でいう”パワーカップル”に見えるのでしょうが、20代か30代の夫婦ですから、販売開始早々のテレビを買えるほどのお金持ちだったかどうか。 初期のころは、羊さまの記憶にある通り飲食店で人寄せの意味もあってテレビを置くとか、実業家など余裕のあるうちで買って近所の人も放送を見に来るとか、そんな様子をドキュメンタリーやドラマで見たように思います。 その後、爆発的な勢いでテレビは普及していくので、後から想像するのは難しかったのかも。 『あおぞら』の作者柚木麻子は1981(昭和56)年生まれだそうです。 リアルタイムの普及ぶりは”生き証人”に尋ねてから書いた方がよかったのではないでしょうか。 *めぐみさんでは、慣れ慣れしすぎるかと、めぐみっちさまあたりで御勘弁いただけるでしょうか。
やっぱり遠藤家の存在はこの「あおぞら」ではおかしいですね。
一般的に、立子や堀田・肉屋の須磨子達とは経済格差ありすぎて、そうなると遠藤は保育園では「浮いた存在」で他の親たちになじめないはず。 まず「見た目」とか服装が違うと思います。 遠藤は銀行で働くOLなので服装もスーツやワンピースでしょう。それも高級なもの。 秀子の母親と同じ感じでしょう。 サワは秀子をブルジョアと言ってるけど、それより遠藤の方がブルジョアで遠藤家に対しては敵対心ないのでしょうか? 私は最初の頃、サワと遠藤は絶対に合わないと思ってたのですけど、この小説では、意外とうまくいってるみたいで違和感プンプンでした。 昭和30年にテレビが買えるほど裕福であれば、保育園に預けず、家政婦とベビーシッターを雇うでしょう。 遠藤夫人はもしかすると頭取の娘とか銀行でも特別扱いなのかも。 単なる銀行員夫妻ではなさそう。 まりちゃんちにテレビがあるのであれば、光太はまりちゃんちに遊びに行けば良いのですよね。
他に違和感あるのは、昭和30年頃の「パパ・ママ呼び」ですかね?
感覚的には昭和35年頃から「パパママ呼び」が広まってきた感じです。 ホームドラマの「ありがとう」の再放送を見てると、水前寺清子・石坂浩二あたりの昭和20年代産まれは「とーさん、かーさん」呼びで、昭和35年ぐらい以降の坂上忍ぐらいの年代の子ども達が「パパ・ママ呼びしてる感じです」 昭和38年の梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」で、「私がママよ」という歌詞が出てくるので、昭和35年ぐらいを境に「パパママ呼び」が始まってる気がします。 杉田かおるが出ていた「パパと呼ばないで」というドラマも、杉田かおるは昭和39年産まれ。
えっちゃんは保母資格取得したようですが、同時に受験したはずのサワが保母資格を取得したとは書かれていないので、サワはもしや不合格なの?
普通は、サワと同じく保母資格を取得したえっちゃんと書くべきすよね。 サワに関してスルーなのは変ですね。
めぐみさん
>喪服に真珠のネックレスもありきたりなので、ビクトリアンジェットの薔薇彫り 検索して見ました。なんって素敵なんでしょう! 確かに真珠はありきたり感があります。 そういえば驚いたのは、山梨では真珠のネックレス、イヤリング(ピアス)など「した方がより丁寧で正式」だったのに、愛知県に来てから友人に「喪服にネックレスやイヤリングはしてはいけない」と聞いたときです。 とても迷った覚えがあります。結局、どちらでもいいみたいですが、「してはいけない」というマナーの地域があるようで、こういう作法の違いは大変ですね。 名古屋では数珠も持つのが必須なようで、忘れてはいけないアイテムですが、山梨ではなくても全く問題なしでした。 >たらこや明太子は、断然、生が好きです。 あのネットリ感がおいしいですよね! 小さい頃は生は食べたことがなく、生のタラコを中学の友人がお弁当に入れてきているのを見て、おねだりしたら「うちではそういうゲテモノは食べない」とか言われちゃったんですが、母が「ナマモノ」を苦手なだけだとあとでわかりました。 鮎子(AT)さん >昭和32年の時点で家庭への普及率は7.8% おお~! 調べてくださってる! しかも、東京ではなくて九州でというのが、また驚く(って偏見か?) >光太にとっては”テレビは外でみるもの”であり、「テレビがほしい」とは言わないような気がします これはわたしも違和感ありました。もし言ったとしても、この時代のつましい家庭なんですから、そんなに深刻にさせずに受け流す会話が親子でできたはずなじゃないのかなあ~とか思いましたよ。 めぐみさん >大河ドラマ「花の生涯」から、ずっと見ました。 そうでしたね。めぐみさんは大河ドラマと共にあり! という感じがあります。羊も「花の生涯」は親が見るもの、という感じで興味はなかったのですが、テーマソングが印象にあります。
羊さん
ビクトリアンジェットの薔薇彫りは、ネックレスと下がりタイプのイヤリングを買ったのですが 喪装に下がりタイプは不謹慎と言うことで、スタッドタイプを買い足しました。 下がりタイプはおしゃれ用に格下げになりましたが、コロナのためにマスクを着用するようになって イヤリングの出番が無くなりました。 ピアス穴をあけるのを避けていたので、殆どのイヤリングはお蔵入りです。 今更、ピアスを買ったり、加工したりはちょっとね。(婆ぁですから) しかも、今の金の価格高騰ぶりには吃驚仰天です。 100gで200万円超えですよ。 大河ドラマですが 近年「鎌倉殿」と「光る君」と「べらぼう」は完走しました。 来年は豊臣秀長が主役ですが、イケメンでは無いので迷い中、多分、見ないでしょう。 再来年は、幕末で見ない可能性が大きいです そして、その次は未定ですが、もはや昇天してるかも・・・笑
”その時”とはっきり区切って描写する場合は、自分の経験があるとそれを生かせますね。
・『ひこばえ』は1、970年の大阪万博の宣伝を見て小学校低学年の子供が太陽の塔と団地の給水塔を比べてしまう ・『Ⅽ線上のアリア』では、高校生が『ノルウェイの森』の本を人から借りて読む、交換条件として持っているレコードの音楽をカセットテープに入れてあげる など、リアルなのは作者が自分の経験を使っているからという感じです。 それらと比較すると、今回のテレビ”騒動”はちょっとズレがあるように思います。 で、保育園立て直し、赤川の家計立て直しのうち教授の本や秀子の母の遺品の整理は順調に進んでいることが報告されていましたが、秀子の変化は今日描かれました。 家も片付き、秀子は料理もするようになり、とのこと。 弥生が洋装になるときもうまくいきましたが、秀子の”変身”も簡単!だった模様。 「そんなにうまくいくの?」と思うのは私が意地悪だからでしょうか。
秀子の家事能力が上がったのは大変な努力が要ったことでしょう。
立子のアドバイスを受け、大泣きして、堀田さんに慰められて奮起したとしても 立子は生まれてこの方、ずっと「して貰う」生活だったのです。 私自身、母亡き後「して貰う」ことから脱却出来たわけではありません。 立子のようなキッチン付きのアパートで暮らし始めてからです。 しかも、秀子にはついでとは言え、老父までいます。 登場人物の苦境を詳しく書くけれど、成長はアッと言う間で、物足りませんね。 えっちゃんが出た後の間借り人は誰でしょう。 まさか、波長の合わない+相性の悪いサワさん? 常照寺に間借りしているから、それは無いか! 赤川邸の書籍や美術品ですが 保育園のバザーなんて値付けも曖昧なとこで処分したのは勿体無かったなぁと思っています。 (小中学校PTAの執行部でバザーを運営したことが何回も有ります)
鮎子(AT)さん
>『あおぞら』の作者柚木麻子は1981(昭和56)年生まれ いや、若くてびっくりしますがそれでも「おばさん」と呼ばれる部類に入るのかと思うと(失礼)自分って化石じゃないかと思いますね。(って化石だなんてちょっとオブラートに包んじゃってさ。めぐみさんのように「婆さん」とか潔く呼べよ! く~~~~~~修行だ) って鮎子さんはそんなつもりで引用してきているわけではない。テレビのこと、一定以上の年齢の人には不自然に感じる。確かにそう思います。 少なくとも、光太が何と言おうと、それを気にするような状況ではないはずだろう。 ラビットバイクさん >サワと遠藤は絶対に合わないと思ってたのですけど、この小説では、意外とうまくいってるみたいで違和感プンプンでした。 わたしもこの次の回で立子が秀子をリスペクトしているのを読んで、何でサワは秀子が嫌なんだろう…とちょっと考えていました。 労使関係、というのが大きいのでしょうかねえ。遠藤さんとのことは…もう全くわかりません^m^ 引き続きリサーチよろしくお願いします。 めぐみさん >コロナのためにマスクを着用するようになって >イヤリングの出番が無くなりました。 そうかあ! 普段からピアスなので、イヤリングに思いが及びませんでしたが、そんなことが起こっていたんですね。 >(婆ぁですから) ほらね、出たあ! いやいや上のレスに書いたようないい意味で! ところで先日、吉永小百合さんが80歳になってからピアスを開けて、気持ちいい~と言っていた記事を読みましたよ。チャレンジの価値あるかも… あ、わたしの母も70歳になってから開けていました。今はすっかり用なしで、見えなくなっちゃってますが…^m^ >来年は豊臣秀長が主役ですが、イケメンでは無いので迷い中、多分、見ないでしょう。 笑えた~。そうなんですね。めぐみさんの琴線にはひっかからない。なるほど。 え? 昇天? いやあ、そんなことはないない。でも…まあ、羊だって弱っているので、こればっかりはわからないかあ。…いや、ないない!
鮎子(AT)さん
>「そんなにうまくいくの?」と思うのは私が意地悪だからでしょうか。 いやいや、意地悪だからではなく、それは作者がどうこの物語でリアリティを構築しているか、ということと関係していますよね。でも、逆に読む側、意地悪でもいいよ。 まあ一番うまくいった要因を探すとすれば、えっちゃんの存在かなあ…他人が一人、家に入ってきて、そこがまずはテキパキか片付けてくれたら、うまくいくかなあ…← え? これ羊の願望? めぐみさん >登場人物の苦境を詳しく書くけれど、成長はアッと言う間で、物足りませんね。 なるほどお。これはこの物語のこれまでの特徴を一行で言ってる気がします。 こうやってサッサと書く意味があるはずだろう、と思いますが、それが羊にもわかっていません。 >えっちゃんが出た後の間借り人は誰 思った、思った。さっさとえっちゃんを出しちゃったので(って実際はまだだけど)、後が気になる書き方ですよね。
えっちゃん登場で一発解決って、ちょーつまんねえ。
どうせなら、えっちゃん吾郎を立子から奪ってしまうような展開希望ですけどね。 って、別に吾郎は立子とはなんでもないけど、それで立子が吾郎が大事な存在だったことに気付くとかね。 赤川家には堀田が住むことになるのかと思ってました。 秀子、そんなに家事簡単に覚えられるなら、なんで母親は体調悪くなってから秀子に教えなかったんでしょうか? 秀子には家事なんてやって欲しくなかったんでしょうかねえ。 ところで、えっちゃんが大工見習いとくっつく時間があるなら、吾郎のやりたかったことってなんなのか立子はちゃんと聞けよ! えっちゃんは結婚しても、保育園は続けて働くんでしょうか? じゃないとまた人手不足だしねえ。 この小説、問題起こっても、すぐに簡単に解決してしまって、ストーリーが浅いですよね。 もっと深くいろいろ切り込んで欲しいです。
しばらくコメントを書けていなかったのですが、「学ぶ」ということについて、小説のここ数日の展開を見て考えさせられました。
1)えっちゃんは保母の資格試験に合格、サワは不明なことについて 実務をさせたらピカ一なのに、また、どこから見ても頭がいいのに、試験には合格できなかったり、ものすごく苦戦する人っています。 逆もまた然りです。 サワは合格できなかったのかもしれません。 私事ですが、私は日本語学校で教師をしています。 私が日本語教師の勉強を始めたきっかけは、スーパーのサッカー台のあたりにあるいろいろなパンフに、養成講座のものがあり、「未経験でしたが日本語教師になれました」「60~70代から始めた方も多数」というようなコピーがあり、おっ、私でもできるかな、というわりと安易な入口でした。そして、当時は養成講座を修了して大卒であれば、就職活動ができたのです。修了は受講だけで、特に試験などはありません。 (ただし、資格試験はあり、取っておいた方が有利そうだ、と思ったので、就職してから取りました) このように、就職した当時は楽だったのですが、2年ほど前から日本語教師は国家資格になって、猶予期間はあるものの、資格がないと教えることができなくなりました。それで、今までに資格を取っていなかった先生たちは、働きながら資格試験対策をされています。 その中でやはり、指導力も教授もすばらしく、学生の支持も高く、上の先生から評価されていても、資格試験の合格には苦戦されている方がいます。 つくづく、現場での実力と試験の成績とはまた別なのだなと思います。(もちろん、試験にも強く実力も高い先生もたくさんいます) サワは頭もいいし実力もあるのですが、もしかすると試験には弱いタイプかも、と思います。ひっかけ問題にひっかからないようにしたり、時間配分をしながら問題を解く、というようなことに慣れるには若干時間がかかります。 秀子とサワは、一気に距離をつめて心を開き合うよりは、ときどきぶつかったり、時には「おめの言うことにも一理ある」などと言い合ったりしながら、長くかかわりあっていく方がおもしろい、と思ってしまいます。
秀子は、良き学習者=good learnerになったわけですね。
学習スタイルについて学んだのは、20年くらい前になります。当時の資料は自宅に置いてあり、今日は実家にいるので確認できず。 当時学習したことを思い出してみました。 ☆3つの学習スタイル ・visual learner 視覚型 書いたものを読むことが得意 ・auditory learner 聴覚型 音、声に出されたものの処理が得意 ・kinesthetic learner 運動感覚型 体を使う、実践が得意 秀子は、周囲の人に何度も質問し、すぐ練習。手を動かして苦手分野を把握しました。 優れたkinestheic learnerだったのかもしれません。
2)秀子の家事の学びについて
秀子の学びのスタイルは私と似ていて、とても共感します。 ただ、学びのスタイルって一つではなくて、人によって千差万別なのですね。言葉などでも、話して覚える、書いて覚える、目で見て覚える、などいろいろで、どれかが苦手な人もいます。 私は書かないと安心できないタイプですが、書かなくても覚えられる人もいて、そういう人は学校で「ノートに書け」と先生に叱られて苦労したりしたのではないかな、と思います。 今は、そこまで強要しないかもしれませんが。 見て、書いて、口に出す、というように、いくつかを組み合わせるとさらに覚えやすくなりますね。 そして、家事! 私が子どもの頃は、「料理ができないとヨメの貰い手がない」などと平気で言われた時代でした。また、少しできると「女らしい」「いいオヨメサンになるよ」とか。 私は子どもの時から決して「女らしく」はなかったし、人から「いいオヨメサン」と言われるのは大きなお世話、と思っていました。自分が結婚した相手が「いいオクサン」と思ってくれればそれでいいではないか、と思ったのです。 それはいいとして、「なまじ料理が上手になったら、『女らしい』とか言われてうざい」という考えを持ってしまいました。 今なら、料理も洗濯も掃除も、男も女もなく、生活する能力と考えられていますよね。(女子力高い、なんて言葉はありましたが)それでよかったのに、「女らしい」と言われたくなくて、年月を無駄にしました。 家事をすると、てきぱきと無駄なく動く力も身につきますよね。今の秀子もそうなのかもしれません。 サワやえっちゃんの資格試験の学び、秀子の家事の学び、立子の洋裁の学び、この小説は「学び」もテーマなのかな、とも思いました。 何日かぶりに書いたのに自分語りが多くなってしまい、失礼しました~
あ、まつの緑さまが、学習スタイルを整理してくださっていますね。
わかりやすいです。ありがとうございます。
分かりやすい例では、例えば運転免許。
筆記が合格しても実技で落ちることがある。 また、その逆の場合もある。 サワは、保育の経験は豊富だが、文字が読めなかったというハンデがある。筆記試験が苦手なのかもしれない。 まだ保母試験に合格していないのなら、苦手分野を克服していくしかありません。時間がかかるかもしれませんが。 visual learningが苦手なら、auditory作戦で。テキストを人に読んでもらって覚えていくとか、学習法は自分に合ったやり方を工夫してね。
やっぱりサワは不合格だったんですかねえ。
だったら、残念ながらサワは不合格でした。って書いて欲しいですよね。 だって、どっちなのかわからないから。 でも確かに、サワは文章を読んで内容を理解する「力」が不足してるのか、マジメすぎて、要領が悪いのかもしれないですね。試験ってテクニックですし。 それにしても、えっちゃんは、要領良すぎですよね。 ちゃっかり短期間でダンナもゲットしてるし。 それに比べてサワはマジメすぎて要領悪いのかもしれないですね。
そういえば、私は英会話、筆記でクラスは上がってはいくけど、いつまで経っても、会話は上達せずでした。
サワは保母資格取れなかったとしたら、それで余計に秀子との溝は埋まりそうにないですね。 実技はダメダメだけど、資格だけはあった秀子。 保母としてはちゃんとできてるのに、資格がなかったサワ。 今回の試験も秀子にこき使われて、勉強する時間がなく不合格になった。 全部秀子のせいだ!みたいな。 えっちゃんは秀子をそれなりにリスペクトしていて、うまくやっていけたけど、サワと秀子はうまくどこか歯車がかみあわないのでしょうね。 世の中えっちゃんみたいな要領の良い人がうまく人生を歩めて、サワみたいな不器用な人はずっと苦労しそうですね。 立子もえっちゃんタイプでしょうね。 サワだけがちょっとかわいそうですね。
はっきり書かれてないですが、えっちゃんが合格したのは、秀子のサポートがあったからではないでしょうか。そして、以前の園の園長からそのようなサポートは望むべくもなかったと思われます。
そして、秀子がえっちゃんだけをサポートしたと考えるのは不自然なので、サワのこともサポートしたでしょう。保母の会で勉強会ぐらいはやったかもしれません。 サワ不合格、は単なる私の推測です。ミスリード気味だったらすみません。 秀子の学びを読んで、少し前の「夫を亡くして」の北村ミナの「教室に、いたい」を思い出しました。私は結構あの小説が好きだったのです。北村透谷とミナが仲良し夫婦だったのも初めて知りました。透谷が自殺したのは知っていたので、せめてミナという理解者がいてよかったなあ、と思いました。確かに、ミナは母になるのには向いていない人でしたが・・・ 時代が今なら、透谷とミナは子どもを持たないパワーカップルになっていたかもしれない、と思います。 (「夫を亡くして」の最終回のみなさまのコメントを読みました。それで今更ちょっとこんなところに。エヘ)
何度もすみません。
いつだったか、サワはアロハシャツを着て、大工の男の人たちから「かっこいい」という目で見られていた、という記述があったような気がします。 そしてもっと前に、秀子に「無資格だと報告したらどうなるでしょうね」と脅しのような嫌味のようなことを言われたときも(このときの秀子は嫌いでした)、「本当のことだから仕方がない」と言っていました。 じめじめしないで颯爽としているのが合っている気がします。 立子も秀子もサワも蓮華も、恋愛とはあまり縁がなさそうですね。今のところえっちゃんだけです。
サワと遠藤さんについて。
保母にとって園児の母である遠藤さんはお客様ですから、一歩引いた目で見てもおかしくないと思います。それに対して、秀子とは最初は保母どうしのスタートで、ある意味ライバル(かと思ったら相手は泣き出して帰りたいというぐらいのへなちょこ)だったのですから、対等からの始まりです。この違いはあると思います。 また、中途半端ではない、本当にいい家の人は、おっとりしていて反発を招きにくい、ということもあると思います。歯が立たないというか、反発する自分が嫌になってしまうような人もいます。 遠藤さんがどこまでかはわかりませんが、少なくとも秀子は、歯が立たないほど貴族的な人ではないと思います。共感性の強い人の良さや、自分に非があると思ったら認める潔さは育ちのよさから来ているとは思いますが、すぐに得意になったりまた凹んだりするような、「わが友よ」と言いたい凡人性があります。 だからサワが突っ込めるのでしょう。でも、サワが本心から秀子を嫌っていたら、待遇の話をするまでもなく、もっと早く園を辞めていたと思います。 実に楽しい腐れ縁です。楽しんでいるのは私だけかな。
流さん
>つくづく、現場での実力と試験の成績とはまた別なのだなと思います。 何とも悲しい現実…でも、実体験は説得力ありますねえ。 >秀子とサワは、一気に距離をつめて心を開き合うよりは、ときどきぶつかったり、時には「おめの言うことにも一理ある」などと言い合ったりしながら、長くかかわりあっていく方がおもしろい、と思ってしまいます。 そうかもしれませんね。そうやってぶつかっているようで、いつのまにか距離を縮めていたような感じもあるかもしれませんね。 まつの緑さん 3つの学習スタイルのシェア、ありがとうございます。 面白いですね。羊は聴覚型な気がします。 サワは運動感覚型でしょうかねえ? 秀子のkinestheic learnerは意外にもそうだったんですね。 流さん >私は子どもの時から決して「女らしく」はなかったし、人から「いいオヨメサン」と言われるのは大きなお世話、と思っていました。自分が結婚した相手が「いいオクサン」と思ってくれればそれでいいではないか、と思ったのです。 これはかっこいいですよ。その通りだと思います。 >「なまじ料理が上手になったら、『女らしい』とか言われてうざい」という考えを持ってしまいました 秀子さんみたいですねえ! >家事をすると、てきぱきと無駄なく動く力も身につきますよね。 なるほど! >この小説は「学び」もテーマなのかな、とも思いました。 ああ、拍手~!! そうだと思います。 ラビットバイクさん >えっちゃんは、要領良すぎですよね。 >ちゃっかり短期間でダンナもゲットしてるし 笑~~ でも、ほんとだ~~! 流さん >「夫を亡くして」の北村ミナの「教室に、いたい」を思い出しました。私は結構あの小説が好きだったのです。 それは残念でした。流さんにあの頃来ていただいていたら、ちょっと読み方も変わっていたかもしれませんね。 良くも悪くも、コメントを読んでいると、多少なりとも影響されてしまいます 笑
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